嬉野市「忍者情報」見つかりました!

九忍会の目的である「九州の忍者文化の発掘事業」にて、本部(肥前夢街道)のある、佐賀県嬉野市の忍者の歴史について調査を行ってまいりました。

 

地域住民の情報や、佐賀新聞様・テレビ九州様・フジテレビ(関西テレビ)様のご協力のおかげで、なんと嬉野市の忍者情報が見つかりました!!

 

江戸時代初期の鍋島家「蓮池藩日誌」に「細作(さいさく)=忍者」としての記述が発見され、その模様がフジテレビ「第1次さんま内閣」という番組にて放送されました。

 

(記述内容)

「1667年島原調査のため鍋島公は「田原安左衛門」を〝細作”とし、島原に遣わし動静を探らせた」

 

三重大学社会連携研究センター特任教授で、伊賀流忍者博物館の名誉館長でもある「川上仁一」先生にも解説を頂きました。

 

(川上先生解説)

忍者というのは時代や地域によって呼称が異なり、その中に「細作」というものもある。(忍者の秘伝書「萬川集海」にも"細作"という言葉が記載されている)

田原安左衛門が諜報、情報収集するスパイ的な能力を有していたのではないか

 

ということで、ようやく嬉野市に忍者がいた証拠が発見されました。今後は細作・田原安左衛門のことや、九州の他地域の忍者文化について掘り下げて調査を進めたいと思います。

 

佐賀県嬉野市にも忍者の影が!

NPO九忍会本部(肥前夢街道)のある佐賀県嬉野市に、忍者が実在したかも?

 

1533年に築城されたとされる「湯野田城」(嬉野城)(現・嬉野市にある嬉野医療センター裏「西公園」が跡地)を居城としていた嬉野通久が、忍者の使い手で嬉野に忍者が存在した可能性があります。

嬉野に忍者がいたと噂される理由

其の一

湯野田城を居城としていた嬉野通久が、以前の居城(長崎県:稲佐城)にて南蛮流の忍者を使っていた可能性がある(南蛮流忍者とは長崎県に残る忍者の流派の一つ)

其ノ弐

忍者文化の残る熊本県人吉藩が使っていた「兵法タイ捨流剣術」(手裏剣術含む)という武術(忍術)が佐賀に伝来し、蓮池藩(嬉野通久含む)が「肥前タイ捨流」と名乗り活用した。

其の参

日本で最初に忍者を「志能備」(しのび)と呼び、忍者を使ったとされる聖徳太子の石碑が、嬉野市の湯野田城跡地(西公園)に残されている。

関連リンク

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有力な情報を提供してくださった方には、弊社の判断にて「金一封」を差し上げます

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連絡先

特定非営利活動法人 九州忍者保存協会(本部事務局:肥前夢街道)

住所 佐賀県嬉野市嬉野町大字下野甲716-1

TEL 0954-43-1990 FAX 0954-43-1951

Mail kyushu_ninja_association@yahoo.co.jp

担当:河野(カワノ)、剣(ツルギ)、神谷(カミヤ)

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佐賀県嬉野市の忍者文化について調査を進めています。情報提供よろしくお願いします。
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お問い合わせ

本部事務局(肥前夢街道)

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